スクレを発つ 前日
彼が死んだあと 毎晩仕事帰りに 私を訪ねてくれたシルビア(ハシエルとホセの母)
前日に 別れを言いにいくと もう夜 ちょっと話すだけと思ったのに ご飯を作り始め
遅くなり 私も娘も 眠くなってしまい 相手の状況を見ない親切は ここでは当たり前で
やっかいで おせっかいで 相手がどう思うかなんて考えない 強いやさしさに出会えてよかった
11月17日(火)
スクレ最後の日
前日に携帯をなくし その後にラパスまでの長距離バスを買い
何人も友達に 知らせることができなかった
近くの友達には 知らせに行ったが 最後となると 話が長くなり 次に行くことができず 結局会えずじまい
あわただしく その日は過ぎていった
車の死亡保険最高額 3600米ドルから 結局350ドルを ベロニカへ
マルコには 請求どおり400ドルを置いていった
(日本に帰ったときには 14年ぶりの円高で しばらくは替えられそうも無い)
突然 扉をたたく音 シルビアと娘のクイジン アブリルと母親が 夜の見送りに来れないからと来てくれた
シルビアは 中国人と結婚して1人中国に暮らしたことがあり 私の気持ちを理解して いつも勇気付けてくれた
フーリアの家により 持っていけないものをあげて ばたばたと家を去ると その後 また家に来てくれた
フェルチョの母親で 心臓の悪いフーリアは 時々本当に具合が悪そうで ドキドキしながら 家で過ごした
一番家から近かったせいもあり 何度も一緒にお茶を飲んだ
話を聞いてもらい フーリアの話を聞き
一緒にご飯を作ったり こんなに年の差のある友達を持てた事を感謝する
シルビア(べトの姉)が長距離バスのホームへ見送りに来てくれた
彼女とは 夫とは生前1度会ったきり 私たちは ほとんど知らない仲だったのに
週末ごとに家に呼んでくれ 1日中過ごした
娘のポンチョを共同制作したり 長い時間を彼女と彼女の家族と過ごすことができた 彼女の家がとても過ごしやすかった
アルバロは 口数 少なく ただ そばにいると言う方法で私を慰めてくれた
家の食事に呼んでくれたり ドライブするところも無いスクレの町を ただぐるぐる回るだけというのも多々
男手が必用な時も(パンクしたタイヤをはずせなかった) すぐに飛んできてくれた
ただ彼の遠距離恋愛の悩みが 同道めぐりで… (いまだに彼の悩みは変わっていない)
まだまだ 私を訪ねてきてくれたり 心からの言葉が 私を支えてくれた
彼らを残して 私は夫の弟と一緒に ラパスまでの長距離バスに乗った
11月18日(水)
朝早くラパスに着く
ホテルを探し
次の日の出国に備える
その日は ラパスに居る何人かに電話するが なぜかつながらない(電話がこういうことは よくある)
職場にも電話してみると 丁度 長い昼休みでつながらない
昔1ヶ月 ホームステイをしたことがある
私の家族
アレとアンディの家族とは連絡が取れて 家を訪ねた
やさしい母親のエリザベスやエリック
人づてに夫のことを知って 私に 何度もスクレに連絡をとっていたことを知る
とても居心地のいい家で 長いをしてしまった
遅くなった私を 少し心配していたナノ(夫の弟)がホテルで 待っていた
その夜は 娘は ナノと寝てしまった
次の朝 早朝 空港に向かった
そこからの旅は 長くて 重くて 日本に着いた時は疲れ果てていた
少し前に 離婚した若い女性が ホストに走り 小さな息子を家に 置き去りにして餓死させてしまったニュースがあった
いつも どこでも娘を連れてまわっていた私を見て ある年配の女性に 『あんたには 考えられないだろう!』と言われた
そうだろうか
私は あの時 1人では 立つこともできなかった
あの時あの出会いが無かったら 今の私は なかっただろう
彼らは 今でも 私を 支えている
今は 新しい道に進もうとする自分が 時々 やっぱり だめかもと思うとき
彼らが 本当に恋しくなる
私は みんなとつながっていられたから 今の私がある
それは 今でも
たくさんの手が私を支えてくれている
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